システムの障害や予期せぬサービス停止といった「インシデント」への対応が後手に回り、ビジネスに影響が出ていませんか?迅速なサービス復旧と顧客からの信頼維持には、体系的なインシデント管理が不可欠です。本記事では、インシデント管理の基本的な定義や目的、問題管理との違いといった基礎知識から、具体的な5ステップの管理フロー、国際的なベストプラクティスであるITILに準拠したプロセスまでを初心者にも分かりやすく解説します。さらに、管理を成功に導くポイントや、Jira Service Managementなどのおすすめツールも紹介。この記事を読めば、インシデント管理の全体像を体系的に理解し、組織の対応力を強化するための具体的なアクションプランを描けるようになります。
インシデント管理とは何か まずは基本を理解しよう
ビジネスの現場、特にITサービスの運用において「インシデント管理」という言葉は頻繁に耳にします。しかし、その正確な意味や目的、関連する用語との違いを正しく理解しているでしょうか。インシデント管理は、安定したサービス提供と顧客満足度を維持するための根幹をなす活動です。この章では、インシデント管理の基本となる定義から、混同されがちな「問題管理」や「障害管理」との違いまで、初心者にも分かりやすく解説します。
インシデントの定義と身近な事例
インシデント管理を理解する上で、まず「インシデント(Incident)」とは何かを正確に把握する必要があります。ITサービスマネジメントのベストプラクティス集であるITIL(Information Technology Infrastructure Library)では、インシデントを以下のように定義しています。
「ITサービスの品質を低下させる、あるいは低下させる可能性のある、計画外の中断」
重要なのは、「計画外の中断」や「サービス品質の低下」という点です。つまり、システムが完全に停止していなくても、ユーザーが期待するサービスレベルを提供できていない状態はすべてインシデントに該当します。これには、パフォーマンスの低下や操作に関する問い合わせなども含まれる場合があります。
具体的な事例を挙げると、よりイメージしやすくなるでしょう。
- 業務システムの例: 社内の勤怠管理システムにログインできず、打刻ができない。
- Webサービスの例: ECサイトで商品を購入しようとしても、決済画面でエラーが発生する。
- インフラの例: 社内ネットワークの通信速度が著しく遅く、ファイルのダウンロードに時間がかかる。
- ユーザーサポートの例: 「新しく導入されたソフトウェアの使い方がわからない」というユーザーからの問い合わせ。
このように、インシデントはサーバーダウンのような大規模なものから、個々のユーザーが感じる不便まで、非常に幅広い事象を対象とします。
インシデント管理と問題管理・障害管理との明確な違い
インシデント管理を語る上で、必ずと言っていいほど比較対象となるのが「問題管理」と「障害管理」です。これらは密接に関連していますが、その目的と役割は明確に異なります。それぞれの違いを正しく理解することが、効果的なサービス運用には不可欠です。
それぞれの管理プロセスの目的と焦点は以下の通りです。
- インシデント管理: 目的はITサービスを可能な限り迅速に正常な状態に復旧させ、ビジネスへの影響を最小限に抑えることです。原因の追及よりも、まずはユーザーがサービスを使える状態に戻す「応急処置」を最優先します。
- 問題管理: 目的はインシデントの根本原因を特定し、恒久的な解決策を実施することで、同様のインシデントの再発を防止することです。インシデントが解決した後、なぜそれが起きたのかを深く掘り下げて分析します。
- 障害管理: 日本では広義の意味で使われることもありますが、一般的にはサーバーやネットワーク機器といったITインフラを構成する要素(CI)が故障し、機能が停止した状態からの復旧活動を指します。インシデントが「サービス品質の低下」というユーザー視点の事象であるのに対し、障害は「構成要素の故障」という物理的・技術的な事象に焦点を当てます。
これらの違いを以下の表にまとめました。
| 管理プロセス | 目的 | 焦点 | 主なアクション |
|---|---|---|---|
| インシデント管理 | 迅速なサービス復旧 ビジネス影響の最小化 | ユーザーへの影響 | 応急処置、暫定的な回避策(ワークアラウンド)の提供 |
| 問題管理 | 根本原因の特定と解決 インシデントの再発防止 | 原因の分析 | 根本原因分析(RCA)、恒久的な対策の立案・実施 |
| 障害管理 | 故障した構成要素の復旧 | 物理的・技術的な故障 | ハードウェアの交換、システムの再起動、バックアップからの復元 |
例えるなら、インシデント管理は「出血している患者に対して、まず止血テープで応急処置をする」活動です。一方、問題管理は「なぜ頻繁に怪我をするのか原因を調べ、再発しないように生活習慣を改善する」活動と言えるでしょう。両者は車の両輪であり、どちらが欠けても安定したITサービスの提供は実現できません。
インシデント管理がビジネスで重要視される目的とメリット
インシデント管理は、単なる「発生した問題への対処」ではありません。現代のビジネスがITサービスに大きく依存する中で、事業の継続性を確保し、競争力を維持するための極めて重要な戦略的プロセスと位置づけられています。なぜなら、インシデントへの対応品質が、ビジネスの収益や顧客からの信頼に直接的な影響を与えるからです。
ここでは、インシデント管理を導入することで企業が得られる具体的な目的とメリットを、3つの主要な観点から詳しく解説します。インシデント管理の有無による違いを以下の表にまとめました。
| 観点 | インシデント管理がない場合 | インシデント管理がある場合 |
|---|---|---|
| サービス復旧 | 場当たり的な対応で復旧が遅れがち。担当者も不明確。 | 標準化されたプロセスにより、迅速かつ確実な復旧が可能。 |
| ビジネスへの影響 | サービス停止が長期化し、売上損失や生産性低下が大きい。 | ダウンタイムを最小限に抑え、機会損失を防ぐ。 |
| 顧客満足度 | 対応の遅れや情報提供の不足により、顧客の信頼を失いやすい。 | 迅速な解決と適切な報告で、顧客の信頼を維持・向上させる。 |
| 組織の対応力 | 対応ノウハウが個人に依存(属人化)し、組織に知識が蓄積されない。 | 対応履歴がナレッジとして蓄積され、組織全体の対応力が強化される。 |
迅速なサービス復旧でビジネスへの影響を最小化
インシデント管理の最も重要な目的は、インシデント発生からサービス正常化までの時間(ダウンタイム)を可能な限り短縮し、ビジネスへの悪影響を最小限に食い止めることです。
例えば、ECサイトで決済システムに障害が発生した場合、その間は一切の売上が立たなくなります。社内の業務システムが停止すれば、従業員の生産性は著しく低下します。インシデント管理のプロセスが確立されていれば、インシデントの検知から担当者への通知、原因の切り分け、復旧作業までの一連の流れがスムーズに進みます。これにより、機会損失や生産性の低下といった直接的な損害を最小限に抑えることができるのです。
顧客満足度と信頼性の向上
顧客にとって、利用しているサービスが安定して稼働していることは当たり前の前提です。インシデントによるサービス停止や品質低下は、この前提を覆し、顧客満足度を大きく損なう原因となります。
しかし、インシデントの発生を完全にゼロにすることは困難です。そこで重要になるのが、発生後の対応です。インシデント管理体制が整っていれば、顧客への迅速な状況報告と、早期のサービス復旧を実現できます。誠実で透明性の高い対応は、たとえ障害が発生したとしても、かえって顧客からの信頼を高める機会にもなり得ます。安定したサービス提供と適切なインシデント対応は、顧客ロイヤリティを高め、長期的なビジネスの成功に不可欠な要素です。
ナレッジの蓄積による組織全体の対応力強化
インシデント管理は、その場しのぎの対応で終わらせません。発生したすべてのインシデントについて、「いつ、何が起こり、どのように対応し、どう解決したか」を正確に記録・管理します。
これらの記録は、組織にとって非常に価値のある「ナレッジベース」となります。将来、類似のインシデントが発生した際に、過去の対応履歴を参照することで、担当者が誰であっても迅速かつ効果的な対応が可能になり、対応の属人化を防ぎます。また、蓄積されたデータを分析することで、インシデントの発生傾向を把握し、根本原因を解決する「問題管理」のプロセスへと繋げ、再発防止策を講じることもできます。このように、インシデント管理は組織全体のITサービス運用レベルを継続的に向上させるための基盤となるのです。
インシデント管理の基本的なフローを5ステップで解説
インシデント管理は、場当たり的に対応するのではなく、体系化されたプロセスに沿って進めることが不可欠です。ここでは、ITILなどの国際的なベストプラクティスでも採用されている、標準的なインシデント管理のフローを5つのステップに分けて具体的に解説します。このフローを組織内で標準化することで、誰が対応しても一貫性のある高品質なサービスを提供できるようになります。
ステップ1 受付と記録
インシデント管理のプロセスは、インシデントの発生を検知し、受け付けるところから始まります。ユーザーからの電話やメール、チャットでの問い合わせ、あるいは監視ツールが発するアラートなど、様々なチャネルからインシデントの情報がサービスデスク(ヘルプデスク)に集約されます。
ここでの最も重要な活動は、すべてのインシデントを漏れなく「チケット」として管理システムに記録することです。口頭での報告やメモ書きで済ませてしまうと、対応漏れや情報共有の遅れに繋がりかねません。チケットには、以下の情報を正確に記録します。
- 報告者の氏名と連絡先
- インシデントの発生日時
- 利用しているシステムや機器の情報
- 具体的な事象(エラーメッセージ、画面の状況など)
- ビジネスへの影響範囲
この初期記録が、後の調査や分析の質を大きく左右する最初の、そして非常に重要なステップとなります。
ステップ2 分類と優先度付け
次に、記録されたインシデントの内容を分析し、「分類」と「優先度付け」を行います。分類とは、インシデントを「ネットワーク障害」「アプリケーションの不具合」「アカウントロック」といったカテゴリに分ける作業です。これにより、どの専門チームが対応すべきかを迅速に判断できます。
そして、限られたリソースを効率的に活用するために、対応の優先順位を決定する「優先度付け」が極めて重要になります。優先度は、一般的に「緊急度」と「影響度」という2つの軸を組み合わせて客観的に決定されます。
- 緊急度:ビジネスに本格的な影響が出るまでの時間的猶予。放置するとどれだけ早く事態が悪化するかを示します。
- 影響度:インシデントがビジネスに与える損害の大きさ。影響を受けるユーザー数や範囲、金銭的損失の規模などから判断します。
これらの要素を組み合わせた優先度決定マトリクスの例を以下に示します。
| 影響度:大 (基幹システム停止など) | 影響度:中 (一部門の業務遅延など) | 影響度:小 (個人PCの不具合など) | |
|---|---|---|---|
| 緊急度:高 (即時対応が必要) | 優先度:1 (最高) | 優先度:2 (高) | 優先度:3 (中) |
| 緊急度:中 (数時間以内の対応が必要) | 優先度:2 (高) | 優先度:3 (中) | 優先度:4 (低) |
| 緊急度:低 (業務時間内の対応で可) | 優先度:3 (中) | 優先度:4 (低) | 優先度:5 (最低) |
このような客観的な基準に基づいて優先度を決定することで、感覚的な判断を避け、本当に重要なインシデントから着手することが可能になります。
ステップ3 調査と一次対応
優先度に基づいて、担当者がインシデントの調査と対応を開始します。この最初の対応を「一次対応(First Line Support)」と呼び、多くの場合、幅広い知識を持つサービスデスクが担当します。
一次対応の主な目的は、過去のナレッジベースやFAQ、マニュアルなどを参照し、既知の問題であれば迅速に解決策を提供することです。具体的には、以下のような活動が行われます。
- ナレッジベースで類似のインシデント履歴を検索する
- ユーザーに再度ヒアリングを行い、より詳細な情報を収集する
- PCの再起動やソフトウェアの再インストールなど、基本的な切り分け作業を依頼・実施する
この段階で解決できるインシデントを迅速にクローズし、ユーザーの待ち時間を最小限に抑えることが目標です。簡単な問い合わせや軽微なトラブルの多くは、このステップで解決されます。
ステップ4 エスカレーションと解決
一次対応で解決が困難な、より専門的・技術的な調査が必要なインシデントは、適切な担当者やチームに引き継がれます。このプロセスを「エスカレーション」と呼びます。
エスカレーションには大きく分けて2つの種類があります。
- 機能的エスカレーション:ネットワーク専門チームやアプリケーション開発チーム、外部のベンダーなど、より高度な技術スキルを持つ二次担当者(Second Line Support)に対応を引き継ぎます。
- 階層的エスカレーション:インシデントの影響が非常に大きい場合や、SLA(サービスレベル合意書)で定めた解決時間を超えそうな場合に、マネージャーや上長に報告し、意思決定や追加リソースの投入を仰ぎます。
エスカレーションを受けた担当者は、詳細な調査を行い、解決策を特定・実行します。ここで重要なのは、根本原因の追求よりも、まずサービスを正常な状態に戻すための「回避策(ワークアラウンド)」を優先することです。迅速なサービス復旧を最優先し、ビジネスへの影響を食い止めることがこのステップの核心です。根本的な原因の調査と恒久対策は、後続の「問題管理」プロセスで扱われます。
ステップ5 クローズと報告
インシデントが解決し、サービスが正常に復旧したら、プロセスは最終段階に入ります。しかし、単純にチケットを閉じて終わりではありません。
まず、インシデントを報告したユーザーに連絡を取り、問題が完全に解決したことを確認し、合意を得ます。ユーザーの確認をもって、正式にインシデントは「クローズ」されます。
クローズする際には、チケットに対応の全記録を詳細に残すことが非常に重要です。
- インシデントの最終的な原因
- 実施した具体的な対応策や手順
- 解決までにかかった時間
- 対応担当者
これらの詳細な記録は、組織にとって非常に価値のある資産となり、将来同様のインシデントが発生した際に迅速な解決を助けるナレッジベースとなります。また、必要に応じて関係者向けにインシデント報告書を作成し、対応の経緯と結果を共有することも、このステップの重要な活動です。
ITILに準拠したインシデント管理プロセスとは
インシデント管理をより体系的かつ効果的に実践するために、世界中の多くの企業が「ITIL(アイティル)」と呼ばれるフレームワークを参考にしています。ITILはITサービスマネジメントにおける成功事例集であり、その考え方を取り入れることで、インシデント管理の品質を飛躍的に向上させることが可能です。この章では、ITILの基本から、インシデント管理プロセスにおける重要なポイントまでを詳しく解説します。
ITILの概要とインシデント管理の位置づけ
ITIL(Information Technology Infrastructure Library)とは、ITサービスマネジメント(ITSM)におけるベストプラクティス(成功事例)を体系的にまとめた、世界的なフレームワークです。イギリス政府が策定した公的なガイドラインが元になっており、ITサービスを安定的かつ効率的に提供・管理するための指針として、事実上の国際標準(デファクトスタンダード)となっています。
ITILでは、ITサービスに関連する様々な活動を「プラクティス」として定義しており、インシデント管理はその中でも特に重要なプラクティスの一つとして位置づけられています。ITILにおけるインシデントの定義は「サービスの計画外の中断、またはサービスの品質低下」であり、その目的は「可能な限り迅速にITサービスを通常のサービスレベルに復旧させ、ビジネスへの影響を最小限に抑えること」です。これは、前述したインシデント管理の目的と完全に一致します。
インシデント管理は単独で機能するのではなく、「問題管理」や「変更管理」といった他のプラクティスと密接に連携しながら、ITサービス全体の価値向上に貢献する、中心的な役割を担っています。
ITILが推奨するプロセスのポイント
ITILに準拠したインシデント管理は、基本的なフローをさらに洗練させ、より組織的かつ効率的な対応を目指します。ITILが特に重視するプロセスのポイントは以下の通りです。
インシデント・モデルの活用
ITILでは、頻繁に発生するインシデントや、あらかじめ対応手順が確立されているインシデントに対して、「インシデント・モデル」の作成を推奨しています。インシデント・モデルとは、特定種類のインシデントに対応するための、事前に定義された手順書のことです。これには、実行すべきステップ、時系列、責任者、エスカレーションの手順などが含まれます。モデルを活用することで、担当者のスキルレベルに依存しない、迅速で標準化された対応が可能となり、解決までの時間を大幅に短縮できます。
重大なインシデント(Major Incident)への特別な対応プロセス
ビジネスに甚大な影響を及ぼす可能性のあるインシデントは「重大なインシデント」として区別し、通常とは異なる特別な対応プロセスを適用します。これには、専任のインシデントマネージャーの任命、関係部署のキーパーソンを招集した対策チームの編成、経営層への迅速かつ定期的な報告などが含まれます。明確な手順を定めておくことで、有事の際にも混乱なく、組織全体で迅速かつ的確な意思決定を下すことができます。
他のプロセスとの連携
ITILの強みは、各プロセスが有機的に連携することにあります。インシデント管理も例外ではありません。
| 連携するプロセス | 連携の概要 |
|---|---|
| 問題管理 | インシデントの根本原因を特定し、恒久的な解決策を見つけるプロセスです。インシデント管理は、繰り返し発生するインシデントや原因不明のインシデントの情報を問題管理チームに引き継ぎ、再発防止に繋げます。 |
| 変更管理 | ITインフラやサービスへの変更を管理するプロセスです。インシデントの解決のためにシステムの変更が必要な場合、変更管理プロセスに従ってリスク評価を行い、安全に変更を実施します。 |
| ナレッジ管理 | インシデントの対応履歴や解決策をナレッジベースに蓄積し、組織の資産として管理します。これにより、類似のインシデントが発生した際に、他の担当者が迅速に解決策を見つけられるようになります。 |
このように、インシデント管理は単なる「火消し」で終わるのではなく、収集した情報を他のプロセスと連携させることで、ITサービス全体の継続的な改善に貢献するという重要な役割を担っています。ITILのフレームワークを取り入れることは、場当たり的な対応から脱却し、戦略的なITサービスマネジメントを実現するための第一歩と言えるでしょう。
インシデント管理を成功に導く3つのポイント
インシデント管理のフローを定義するだけでは、効果的な運用は実現できません。重要なのは、そのプロセスを円滑に、そして継続的に機能させるための「仕組み」を構築することです。ここでは、インシデント管理を成功に導き、組織の対応力を飛躍的に向上させるための3つの重要なポイントを解説します。
役割と責任範囲の明確化
インシデントが発生した際、「誰が」「何を」「どこまで」対応するのかが曖昧では、迅速な解決は望めません。対応の遅延や責任の押し付け合いといった混乱を避けるため、各担当者やチームの役割と責任範囲を事前に明確に定義しておくことが不可欠です。
責任の所在をはっきりとさせ、担当者間のスムーズな連携と迅速なエスカレーションを可能にすることが、インシデント管理の基盤となります。一般的に、インシデント管理では以下のような役割が設定されます。
| 役割 | 主な責任範囲 |
|---|---|
| サービスデスク(一次対応) | ユーザーからの問い合わせ窓口として、インシデントの受付、記録、初期切り分け、簡単な問い合わせへの回答、FAQに基づいた一次解決を担当します。解決が困難な場合は、適切な二次対応チームへエスカレーションします。 |
| 二次対応チーム(専門チーム) | サービスデスクからエスカレーションされた、より専門的な知識を要するインシデントの調査、分析、解決を担当します。ネットワーク、サーバー、アプリケーションなど、専門分野ごとにチームが編成されることが一般的です。 |
| インシデントマネージャー | インシデント管理プロセス全体の責任者です。特に影響の大きい重大なインシデント発生時には、対応チームの指揮、関係部署との調整、経営層への報告など、全体を俯瞰して解決をリードする役割を担います。 |
これらの役割と責任は、RACIチャート(R:実行責任者、A:説明責任者、C:協業先、I:報告先)などを用いて文書化し、関係者全員がいつでも確認できるようにしておくことが重要です。これにより、個人の判断に頼らない、組織的で一貫性のある対応が実現します。
SLA(サービスレベル合意書)の設定
SLA(Service Level Agreement)とは、サービス提供者と利用者の間で取り交わされる、サービスの品質に関する合意のことです。インシデント管理においては、「いつまでに対応を開始し、いつまでに復旧させるか」といった目標値を具体的に定めることで、対応の品質を担保します。
SLAを設定する最大の目的は、客観的な基準を設けることで、対応の優先順位付けを標準化し、属人化を防ぐことにあります。感覚的な判断ではなく、「このインシデントはビジネスへの影響度が『高』で緊急度が『高』だから、SLAに基づき1時間以内に復旧させる」といった論理的な意思決定が可能になります。
SLAで定義すべき主要な項目
インシデント管理で設定すべきSLAの代表的な項目には、以下のようなものがあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目標応答時間(Response Time) | インシデントの報告を受け付けてから、担当者が対応に着手するまでの目標時間です。ユーザーに「無視されていない」という安心感を与える上で重要です。 |
| 目標復旧時間(RTO: Recovery Time Objective) | インシデント発生からサービスが復旧するまでの目標時間です。ビジネスへの影響を最小限に抑えるための最も重要な指標の一つです。 |
| 可用性(Availability) | システムやサービスが正常に稼働している時間の割合です。「月間稼働率99.9%」のように定義され、インシデントによる停止時間を管理する目標となります。 |
これらの目標値は、インシデントの重要度(ビジネスへの影響度や緊急度)に応じて複数段階で設定するのが一般的です。ただし、非現実的な目標は現場の疲弊を招き、かえってサービスの品質を低下させる恐れがあるため、自社のリソースや体制を考慮した上で、達成可能なレベルのSLAを設定することが肝心です。
適切なインシデント管理ツールの選定
インシデント管理をExcelやメールで行うことには限界があります。情報が分散し、対応状況の把握が困難になるだけでなく、ナレッジの蓄積も進みません。インシデント管理のプロセスを効率的かつ確実に運用するためには、専用のツールの活用が不可欠です。
自社の運用プロセスや組織規模に合ったツールを選び、管理業務を効率化・自動化することが、インシデント対応の迅速化と品質向上に直結します。優れたツールは、単なる記録・管理にとどまらず、組織全体の対応力を底上げするプラットフォームとなります。
ツール選定で重視すべきポイント
インシデント管理ツールを選定する際には、以下の観点から自社の要件を満たしているかを確認しましょう。
- 情報の一元管理と可視化
発生したインシデントのステータス、担当者、対応履歴などが一目でわかるダッシュボード機能があるか。情報が一元化されることで、対応漏れや重複対応を防ぎます。 - プロセスの自動化
インシデントの優先度付け、担当者の割り当て、関係者への通知といった定型業務を自動化できるか。手作業を減らし、担当者が本来の解決作業に集中できる環境を構築します。 - ナレッジベースの構築
過去のインシデント対応履歴をナレッジとして蓄積し、容易に検索・参照できる機能があるか。類似インシデントへの迅速な対応や、新人教育に役立ちます。 - 他システムとの連携性
ビジネスチャットツール(Slack, Microsoft Teamsなど)や監視ツール、プロジェクト管理ツールなど、既存のシステムとスムーズに連携できるか。API連携の柔軟性も重要です。 - レポーティング機能
SLA達成率や平均解決時間、インシデント発生傾向などを分析し、レポートとして出力できるか。データに基づいた継続的なプロセス改善に繋がります。
これらのポイントを踏まえ、複数のツールを比較検討し、トライアルなどを通じて実際の操作性を確認した上で、自社にとって最適なツールを選定することが成功への鍵となります。
おすすめのインシデント管理ツールを紹介
インシデント管理のプロセスを効率的かつ効果的に実行するためには、適切なツールの選定が不可欠です。ここでは、国内外で広く利用され、実績のある代表的なインシデント管理ツールを3つ厳選してご紹介します。それぞれのツールの特徴や価格帯、どのような企業におすすめかを比較し、自社に最適なツール選びの参考にしてください。
Jira Service Management
Jira Service Managementは、アトラシアン社が提供するITサービスマネジメント(ITSM)ツールです。特に、アジャイル開発ツールとして名高いJira Softwareとのシームレスな連携が最大の強みであり、開発チームとIT運用チームのコラボレーションを強力に促進します。ITILに準拠したテンプレートが豊富に用意されており、インシデント管理のワークフローを迅速に構築できます。
主な特徴は以下の通りです。
- 開発との強力な連携: 関連する開発チケットとインシデント情報を一元管理し、根本原因の特定と解決をスピードアップします。
- 直感的な操作性: ユーザーフレンドリーなポータル画面により、IT部門以外の人でも簡単にインシデントの報告や問い合わせが可能です。
- 豊富な自動化ルール: チケットの自動割り当てや優先度付けなど、定型業務を自動化することで、担当者の負担を軽減し、対応の迅速化を実現します。
- ナレッジベース連携: FAQや対応手順などのナレッジを蓄積・共有し、ユーザー自身による自己解決を促すとともに、オペレーターの対応品質を均一化します。
開発チームとIT運用チームが密に連携し、DevOpsの文化を推進しながら迅速なインシデント解決を目指す企業に最適なツールと言えるでしょう。クラウド版とオンプレミス版が提供されており、組織の規模やセキュリティポリシーに応じて選択できます。
ServiceNow
ServiceNowは、ITSM市場におけるリーディングカンパニーであり、そのプラットフォームはインシデント管理だけでなく、問題管理、変更管理、構成管理など、ITILに準拠した幅広いIT運用プロセスを網羅しています。エンタープライズ向けの非常に高機能で拡張性の高いソリューションとして、多くの大企業で導入実績があります。
主な特徴は以下の通りです。
- 統合ITSMプラットフォーム: すべてのIT運用管理プロセスが単一のプラットフォーム上で連携するため、情報がサイロ化せず、全体最適化されたワークフローを構築できます。
- 高度な自動化とAI活用: AIを活用したインシデントの自動分類や、類似インシデントの提示、チャットボットによる一次対応など、先進的な機能で運用を高度化します。
- 強力なレポーティングとダッシュボード: SLAの遵守状況やインシデントの傾向などをリアルタイムに可視化し、データに基づいた継続的なサービス改善を支援します。
- 高い拡張性とカスタマイズ性: 自社の業務プロセスに合わせて、ワークフローや画面を柔軟にカスタマイズすることが可能です。
IT運用全体のプロセスを標準化し、全社的なデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進したい大企業にとって、最も有力な選択肢の一つです。導入には専門的な知識が必要となる場合がありますが、その分、組織のITサービスレベルを飛躍的に向上させるポテンシャルを秘めています。
Redmine
Redmineは、オープンソースのプロジェクト管理・チケット管理ツールです。本来はプロジェクトのタスク管理を主目的としていますが、その柔軟性とカスタマイズ性の高さから、インシデント管理ツールとしても広く活用されています。最大の魅力は、オープンソースであるためライセンス費用が無料である点です。
主な特徴は以下の通りです。
- オープンソースで無料: ライセンス費用がかからないため、スモールスタートでインシデント管理を始めたい場合に最適です。
- 高いカスタマイズ性: プラグインを追加したり、ソースコードを直接編集したりすることで、自社の運用フローに完全に合致したシステムを構築できます。
- シンプルなチケット管理機能: インシデントの受付からクローズまでを「チケット」として管理する基本的な機能を備えており、直感的に利用できます。
- オンプレミスでの運用: 自社のサーバーにインストールして利用するため、セキュリティ要件が厳しい環境でも安心して導入できます。
ただし、サーバーの構築や保守、プラグインの導入・管理などを自社で行う必要があるため、専門知識を持つIT担当者の存在が前提となります。コストを最優先に考え、自社の運用に合わせて柔軟にシステムを構築したい技術力のある組織に適したツールです。
| ツール名 | 主な特徴 | 価格帯 | おすすめの企業規模・タイプ |
|---|---|---|---|
| Jira Service Management | 開発ツールJiraとの強力な連携、ITIL準拠、直感的なUI、豊富な自動化機能 | 中価格帯(ユーザー数に応じた課金) | 中小企業〜大企業、特にDevOpsを推進する企業 |
| ServiceNow | 統合ITSMプラットフォーム、高度な自動化・AI機能、高い拡張性 | 高価格帯(要問い合わせ) | 大企業、IT運用全体のDXを目指す企業 |
| Redmine | オープンソース(無料)、高いカスタマイズ性、オンプレミス運用 | 無料(サーバー費用・保守費用は別途必要) | 小規模チーム〜、コストを抑えたい、自社で構築・運用できる技術力のある企業 |
まとめ
本記事では、インシデント管理の基本的な定義から、その重要性、具体的なフロー、そして成功に導くためのポイントまでを網羅的に解説しました。インシデント管理とは、単なる障害対応ではなく、ITサービスを迅速に正常な状態へ復旧させ、ビジネスへの影響を最小限に抑えるための極めて重要なプロセスです。
インシデント管理を効果的に運用する結論として、受付からクローズまでの一貫したフローを確立することが不可欠です。さらに、「役割と責任範囲の明確化」「SLA(サービスレベル合意書)の設定」「適切なツールの選定」という3つのポイントを押さえることが、その成否を大きく左右します。
Jira Service Managementのような専門ツールを活用し、ITILのフレームワークを参考にしながら自社に合ったプロセスを構築することで、インシデント発生時にも迅速かつ的確な対応が可能となります。これにより、顧客満足度の向上と組織全体の対応力強化を実現できるのです。この記事を参考に、ぜひ自社のインシデント管理体制の見直しと改善に取り組んでみてください。